大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)8643号 判決 1972年11月20日

原告

白川義員

右訴訟代理人

竹澤哲夫

千葉憲雄

被告

天野正之

右訴訟代理人

依田敬一郎

主文

一  被告は、原告に対し金五〇〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四六年一〇月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、その費用をもつて、原告のために、株式会社朝日新聞社(東京本社)発行の朝日新聞、株式会社毎日新聞社(東京本社)発行の毎日新聞、株式会社読売新聞社発行の読売新聞の各全国版社会面に、二段抜左右一〇センチメートルのスペースをもつて、見出し二〇級ゴシック、本文一六級明朝体、被告各および宛名一八級明朝体の写真植字を使用して、別紙謝罪広告目録記載の広告を一回掲載せよ。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

原告

主文第一項ないし第三項同旨の判決ならびに主文第一項につき仮執行の宣言を求める。

被告

「一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求める。

第二  請求原因<中略>

五 原告の損害

(一)  原告は、すでに世界一三〇か国を撮影、取材し、その作品を白川義員作品集「ALPS」一九六九年一〇月株式会社講談社刊、白川義員作品集「ヒマラヤ」一九七一年九月株式会社小学館刊、「世界の文化地理」全二三巻一九六三年一〇月から一九六七年六月株式会社講談社刊、「世界文化シリーズ」全二六巻一九六四年一〇月から一九六六年七月株式会社世界文化社刊、「フォト・マガジン」一九七〇年九月ドイツ刊、「フォト・グラフィコ」一九七一年四月イタリー刊などによつて内外に紹介してきた。

原告は、これらの撮影、取材を通じ地球の美しさに感動し、この地球の美しさを原告のカメラをとおして再発見し、さらに再発見によつて人間の良識と人間性の回復になんらかの可能性を見出したいとの意図をもつて芸術活動をつづけているものである。

本件写真は、原告の右意図の一環を示す作品であるところ、被告は前記行為によつて原告の作品そのもののみならず、右意図を完全に破壊し、かつ、茶化し侮辱したものといわなければならない。

(二)  本件写真の完成にいたるまで、原告は、オーストリアのサン・クリストフ所在のオーストリア国立スキー学校校長クルツケン・ハウザー教授と一九六六年二月下旬から四月下旬まで約二か月間にわたり撮影交渉をした。外国でのこの種の撮影には事前に入山と撮影の許可の必要な場合が多く、その許可の取得は非常に困難である。クルツケン・ハウザー教授は、オースリア・スキーを完成した人として、その権威と実力を有する人であるが、原告は二カ月にわたる交渉の末、撮影の許可を得、かつ、特に同スキー学校の優秀な教師のうちからモデルとして指名されたものをもつて撮影したのが本件写真である。

交渉の末、かろうじてクルツケン・ハウザー教授が原告の懇請をいれて撮影を許可し、スキーの名手達を指名し、また、これらのスキーヤーが原告に協力してくれたのは、原告の前記意図を正しく理解してくれたが故であつた。

しかるに、原告の本件写真が被告によつてかくも安易に偽作、公表されて破壊され、その著作意図が踏みにじられている事実は、同教授ならびに右スキーヤー達の善意を裏切り、その結果、原告自身、今後チロルはもちろんオーストリアの撮影活動に従事しえなくなる公算が大である。

原告は、山岳関係、スキー関係の写真を主として仕事をしている写真家であり、写真家の間のみならず、社会的にも相当の評価を得ているものであるが、過去一三年間に一三〇か国を撮影取材してきた事実によつても明らかなようにその著作活動の場の大部分は外国の山岳関係、スキー関係であり、特に原告がこれまでもつとも時間と労力を注いだのはアルプスとヒマラヤであつて、写真家としての原告に対する右評価も主としては右アルプスおよびヒマラヤに関する写真著作に由来する。したがつて、アルプスやオースリアでの仕事に支障をきたすことは、とりわけ甚大切実な損害を蒙ることになるのである。

被告によつて偽作されるにいたつた本件写真は、右アルプスの写真の一枚であつて、原告の芸術的生命にかかわる一連の著作の一部である。<後略>

理由

一被告が別添写真(2)<省略>の写真をつくり、これを被告の写真集「SOS」の二〇葉目の写真として登載し、昭和四五年一月頃発行して公表したこと、被告が株式会社講談社発行の「週刊現代」の昭和四五年六月四日号に「グラフ特集マッド・アマノの奇妙な世界」なる題名のもとに一連の写真を発表し、そのうち別添(2)の写真に「軌跡」という題号を附して公表したことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、原告は、本件写真(別添(1)の写真―省略―)を昭和四一年四月二七日オーストリア国チロル州サン・クリストフで撮影し、昭和四二年一月一日付実業之日本社発行の「SKI’67第四集」に発表して公表したこと、被告は、アメリカン・インターナショナル・アンダーライター社(A・I・U・)が発行した昭和四三年度のカレンダーに掲載されていた本件写真(もつとも右写真は、前記「SKI’67第四集」に掲載された写真と比べると、その左側部分が約五分の一カットしてある。)と、ブリジストンタイヤ株式会社のタイヤの広告写真とを合成して、本件写真の上方やや右寄りに前記タイヤを配して、白黒で別添(2)の写真を作成したこと(もつとも、前記被告の写真集「SOS」においては、前記A・I・U・のカレンダーにおける本件写真の左側方がさらに約三分の一、週刊現代に掲載された写真においては約六分の一カットされている。)を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

三右事実によれば、原告が本件写真について著作権を有していることはいうまでもない。

被告は、別添(2)の写真はモンタージュ写真であつて、他人の写真を素材にしてはいるが、原写真の思想、感情とは別個の思想、感情を表現する新たな著作物であるから、原写真の偽作となるものではないと主張するが、別添(2)の写真のようないわゆるモンタージュ写真が、一つの芸術形式として認められ得るということ、あるいは、現に一つの芸術形式として認められているということと、別添(2)のいわゆるモンタージュ写真が原告の本件写真の著作権を侵害しているかどうかということとは全く別個の問題であり、別添(2)の写真が本件写真とは別の思想、感情を表現する新たな著作物であるからといつて、別添(2)の写真が本件写真の偽作となるものではないということはできない。モンタージュ写真中には、他人の写真や絵画等の中から小部分のみを引き出してつなぎあわせ、全体として元の写真なり絵画なりの原形が分らないまでにモンタージュされ、したがつて、原著作権者の著作権の侵害が問題となりえないようなものも存在するであろうが、別添(2)の写真は、右のような場合と異なり、前認定のように本件写真の右寄り上部にタイヤを配置しただけのものであつて、別添(2)の写真が本件写真を素材としているものであることは一目瞭然である。このように、自己の著作物の中に、他人の著作権のある著作物を、その著作者の承諾を得ることなく、一部または全部とり込んで公表することは、いわゆる剽窃であつて、他人の著作権を侵害するものであるのはもちろんである。本件写真は、カラー写真であり、別添(2)の写真は白黒写真であるが、別添(2)の写真がカラーを白黒に変えた以外は本件写真の大部分をそのまま複製しているものであり、右複製につき原告の承諾を得たとのことは被告の主張立証しないところであり、前認定の事実によれば、被告には少なくとも過失があつたものというべきであるから、他に被告の右複製を正当化しうる事由の認められない本件においては、被告の右本件の写真の複製は、原告の著作権を侵害する違法のものであるといわなければならない。このことは別添(2)の写真が本件写真とは別個の表象、思想、感情を与えるものであるかどうかということとは全く別の問題である。

四被告は、別添(2)の写真製作の意図は、巨大なタイヤによつて自動車を表象し、スキーのシュプールを自動車のわだちにたとえ、写真の下のスキーヤーは自動車から人が逃れんとしている様をあらわして、自動車による公害の現況を諷刺的に批評したものであり、したがつて、本件写真の製作意図を破壊したり、茶化したり、侮辱したりしたものではなく、また、被告の右写真は、スキーシュプールがタイヤのわだちに似ていることを指摘することにより、原写真の美術的評価を批判するとの意図をも有するものであつて、このために原写真を引用したものであるから、なんら著作権の侵害となるものではなく、右引用は正当なる範囲内で行われたものであるから出所の明示を要しない、と主張するので、以下その主張について検討する。

本件に適用ある(昭和四五年法律第四八号著作権法附則第一七条参照。)旧法第三〇条第一項は、「既ニ発行シタル著作物ヲ左ノ方法ニ依リ複製スルハ偽作ト看做サス」とし、同項第二号は、「自己ノ著作物中ニ正当ノ範囲内ニ於テ節録引用スルコト」と規定している。「節録引用」とは、短く記載して引用することであり、短くとは、引用するものと引用されるものと撮の相対関係によつて決めらるべきものであり、「引用」とは、著作物に創作的に表現された思想または感情を、原作のまま、自己の著作目的に適合するように摘録して、自己の著作物中に利用することをいうのであり、原作の思想感情を改変して自己の著作物の中に取り入れ、これを自己の著作物とすることは、原作の表現の大部分をそのまま利用するものであつても、すでに改作であつて、引用ではないと解するのが相当である。別添(2)の写真は、前説明のように、本件写真の上部に、中央より右側寄りに自動車のタイヤを配したことにより、本件写真に表示されている右側の山はタイヤによつて隠され、被告自身主張するように、本件写真とは異なつた思想なり感情なりを表示するものとなつているのであつて、被告による本件写真のこのような使用方法は引用であるとはいえないのである。みずから原作を改変破壊しておきながら、それが原作に対する批評であるから、右の改変は原著作権者の承諾を得なくても著作権を侵害することにならないというがごときは、それ自体許されないといわなければならない。別添(2)の写真によつて、自動車による公害の現況を諷刺的に批評するということが、本件写真を改変して原告の著作権を侵害することを正当化するものでないことはいうまでもなく、被告の右写真は、少くとも本件写真の製作意図を破壊してしまつていることは、両者を対比することにより、説明をまつまでもなく明らかである。

以上のとおり、別添(2)の写真は、本件写真を「正当の範囲内において節録引用」したものではないから、仮に被告が別添(2)の写真に本件写真の出所を表示して公表したとしてもなお原告に対する関係でその著作権を侵害することとなり、それによつて生じた損害を賠償しなければならないものというべきである。

五そこで、損害害額についてみるに、<証拠>を総合すると、原告が請求原因五の(一)および(二)で主張する事実の全部ならびに原告はその写真集「ヒマラヤ」によつて昭和四七年一月一四日毎日芸術賞、同年三月二四日芸術選奨文部大臣賞を受賞したこと、写真家として二賞を受賞したものは原告の他に三人しかいないこと、原告は原告作成の写真一枚を金二〇〇、〇〇〇円の使用料で他に使用させていることを認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。右認定事実によれば、被告の行為による原告の著作権の侵害による精神的苦痛については、金五〇〇、〇〇〇円をもつて慰藉されるべきものとするのが相当であり、さらに、写真家としての原告の毀損された名誉信用については、被告に対し、主文第二項記載のとおり別紙謝罪広告目録記載の広告を掲載させることにより、その回復がされうべきものと認められる。

六よつて、損害賠償として金五〇〇、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年一〇月七日から右完済までの民法所定の年五分の金員の支払及び前記謝罪広告の掲載を求める原告の本訴請求は、その余の判断をままつでもなく、いずれも正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、金員支払を命ずる部分に対する仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 高林克己 野澤明)

謝罪広告

私の写真集として昭和四五年四月刊行した「SOS」中、二〇葉目の写真および週刊現代昭和四五年六月四日号に「軌跡」と題して掲載発表した写真は、株式会社実業之日本社発行SKI’67第四集または昭和四三年用A・I・U・カレンダーに貴殿が発表されたサンクリストフを降滑するスキー写真を無断で複写盗用し、かつ、右上部にタイヤを配して合成し改ざんしたものであつて、貴殿の著作権ならびに著作人格権を侵害したものであり、多大のご迷惑をかけたことをここに深くお詫びいたします。

マッド・アマノこと

天野正之

白川義員殿

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